役に立たない老人は早く死ねと言うのか

少子高齢化社会、それも急速です。多くの処でその影響が見られます。私の家両隣りとその先の一軒は私の家の合計四戸は全て金額の差は多少あれ年金を貰っている。このお金誰が稼いだ金だろうと考える。元気なのに働かないで年金を貰っていていいのだろうかとも。
人の命は尊いが果たして長生きさえすればよいものだろうか。PPC・・ピンピンコロリと行けばいいが、寝たきり、要介護などの老人はどうしたらいいのでしょうか。認知症になればストレスは溜まらないし、自殺する勇気など消えうせてしまっている。自分ではその自殺する勇気ぐらい残して認知症になるのが望ましいと思う。
小説、楢山節考にある姥捨山は貧しい村落の子孫を残すため喰いぶちを減らすため一定の年齢が来ると山奥に老人を捨てに行く物語だが、アメリカインディアンも同じく足手まといになる老人は一人自身で群れを離れ一人で死んでいく、他部族との戦いや移動が困難、食糧が貧しいなどの原因から部族を存続させる知恵だ。現代の人間社会は医学の発達で足手まといになった老人も生かし続ける。医者か稼ぐためではないだろうか。
人類だけだ、この様な老人扱いは。動物は人間以外は自然淘汰され弱いものから死んでいく。人間だけ老人は優遇されている、と考えるのは人権不尊重が問題か?
政府の本音は年々膨らむ高額な医療費に頭を痛めるので、老人は程ほどのところでさようならねとでも言いたそうだね、菅直人君。

役に立たない老人は早く死ねと言うのか” への6件のコメント

  1. 言われている事の意味はわかりますが、自殺を肯定されるのは如何でしょうか?息子としては例えどのような状態でも(出来れば健康で)生きていて欲しいものです。
    一部に老人は優遇されていると批難する人もいますが、過去を懐かしむ回顧主義でしかなく、何も生まない考え方ではないかと思ってます。
    私が年金を受給する頃には回収率は下がっているかもしれませんがそれは、「昔はあの土地は坪1万円で買えた」と言う昔話と何が違うのでしょうか?
    人間と他の動物を比べるなら、他の動物が老齢だから死にたがることは無いでしょう、最後まで生きようとするんじゃないでしょうか?
    今の政府は決して有能ではないと思いますが、その様な思いは捨てられ胸を張って生きて頂ければ、後追おう若輩者は、老人に悪態もつけます。
    姥捨て山もインディアンも、知恵ではなく、当時の限界でしょう、今は違います。
    高齢者はいつの時代も「今の若いものはなっておらん」と恐れられる方であって欲しいと思います
    心配には及びません、私らにはあなたより少しばかりの時間と若さがありますから

  2. 通りすがり様 せっかく当社の社長ブログをご覧になっていただきましたのに不愉快なお気持にさせてしまったようで大変申し訳けございませんでした。只今、ブログ書いた本人が連絡とれない場所にいます。来週には連絡とれますので責任もって通りすがり様のコメントは伝えさせていただきます。但し、コメントの有無はブログ担当本人に任せる姿勢をとっている旨ご了承いただければ幸いです。私は30代の若造ですが、いつも「明るい豊かな社会を築きあげよう」をテーマーに社会活動している一人です。言い逃れでも保全でもなく通りすがり様のご意見に近い感覚を持っていることを付け加えさせていただきます。

  3. 今は老人のせいで、若い人が潰されている時代。老人も多大な年金のもとが、若い人の生活の犠牲になっているのを知りながら、世話しろだのバカな発言をやめようとしない。こんな若い人が敬老するわけありません。
    今の老人は と思わせる場面もよく目の当たりにするところから、老人は70歳過ぎたら姥捨山への制度を復活するべき。

  4. 老人には早く死んでもらいたい。何もしないくせに、文句は一人前。本当に頭に来る。何もしないでただ生きているだけの何が楽しいんだ。意味ないでしょう、そんな人生。私の祖父、祖母はもう80歳を超えています。いつまで生きるのでしょうか。早くこの世を去って頂きたい。

  5. この話のいきさつは、私の古い友人の義母が認知症となりその苦労話から始まりました。それが原因で夫婦仲も悪くなり、それもかなり深刻は程で普段温厚な夫婦がどうしてこれ程までにと感じたのでした。
    私の前で、大声で夫婦で怒鳴り合ったり友と義母との間のやりとりも平気。
    「お前などに面倒みてもらわねぇや・・・。」  義母
    「毎日面倒みてもらってるじゃねぇか。」   友。
    そして妻に向かって友人は、「妻の弟にマンションを買ってやって何千万円もやって、こちらは一銭も貰ってねぇから義弟の家に義母を連れて行け。」と。じっと我慢する妻。加えて最近彼の友人の元公務員も認知症の母親の介護疲れが原因で自殺してしまったのです。私の友人はこっそり「ほんとは死んでもらいたい。」と。
    老人の医療費を考えれば厚生労働省や自治体の本音は多分同じだろう。自然の法則からして弱った者から死んでゆく。周囲に迷惑をかけずに死んでいく。これが自然の法則で子孫の滅亡を防ぐワザだったのではないだろうか。五臓六腑は医学の力で長生きさせられるが人間の脳までは科学の力が及ばないのだろう。
    友人とその後の会話で自分達も同じようにならぬとは言えない。それではどうするか。少しでも自分が認知症と気づいたらすぐ自殺する勇気を持ち合わせるしかない。家族にこれ程財政的にも精神的にも迷惑をかけることは間違いないのだから。姥捨山が懐かしい。
    しかし死は怖い。坊さんも死は怖いと言っていた。しかし人間は100%それも1回は死ぬ。毎日テレビで「これを飲めば丈夫で長生きできる。」と健康食品のオンパレードだ。一体何歳まで生きられるというのだ。中には体に良くないものもあるらしい。年寄りをカモにするのはいいかげんにやめてもらいたい。
    秦の始皇帝が死なない薬草が日のいずる日本にあるからと大金を与え探させたが結局除福に騙されていたように私も騙されたい。そのうち死なない薬が見つかるかもしれない。それを希望に生きるのです。
    動物達から人間を見ればどうだろう。人間だけ医学のおかげで長生きするが、犬や猫はその恩恵を受けていない。不公平だ、動物愛護なんてインチキだと言うかもしれません。
    最後に偉い人が死んだ話。
    ・「死も又社会奉仕」と昭和30年代の石橋湛山首相です。
    ・かの有名な山県有朋が死んだときこう言いましたとさ。
    「世の中は新陳代謝だ。急がず絶えざる停滞せざる新陳代謝があって社会は健全な発達をする。適当な時期に去りゆくのもまた一つの意義ある社会奉仕だ。」と。

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